2008年6月25日水曜日

特別後援会

男子バレーボール日本代表、津曲勝利選手(32)の北京五輪出場を祝って23日、出身地の串間市に特別後援会が発足した。
 会長に鈴木重格市長が就任。市商工会議所や農協、漁協、森林組合など各界の代表19人のほか、同市出身でローマ、東京両五輪の近代五種で活躍した内野重昭さん(77)=大阪府枚方市在住=も相談役に名を連ね、市民300人、10団体を目標に会員を募集する。
 活動は、市内各所に激励の横断幕や看板を掲げ、コンビニなど市内15カ所に津曲選手を支援する募金箱を設置。日の丸に応援の寄せ書きも募る。また、3泊4日の北京応援ツアーを募集するほか、8月10日のイタリア戦、同16日のベネズエラ戦は串間市文化会館でテレビ中継による応援観戦を実施する。
 津曲選手は7月8日に宮崎に帰り、母校の都城工高の壮行会に出席。9日は、県庁で東国原英夫知事に出場報告した後、母校の串間市福島中を訪問。夜は同市のホテル中村荘で後援会主催の壮行会に出席する予定。鈴木市長は「津曲選手は串間市民に勇気と感動をもたらした。五輪本番での活躍を祈って、精いっぱい応援したい」と語った。
 後援会事務局は市役所総務課0987・72・1111。【塩満温】
毎日新聞
是非応援したいですね!

2008年6月18日水曜日

看板料理はカツ丼

【兵庫】小麦粉にバター、食用油……。新聞紙上で食品値上げのニュースを見ない日はない。そんなある日、先輩記者が自慢げに「阪神間には、信じられないような激安大盛りの店がまだまだあるで」と教えてくれた。それを聞いていたデスクは「面白い。せっかくだから、実際に食べてリポートしてや」。時代に逆らうようにサービスに徹する店を、新人記者の私が食べ歩いた。【中里顕】
 阪神甲子園球場にほど近い「大力(だいりき)食堂」(西宮市甲子園網引町2の29、不定休)は、仲良し夫婦の藤坂悦夫さん(69)と初枝さん(65)夫妻が42年前から営む、丼もの中心の大衆食堂だ。看板料理はカツ丼(700円)で、出てきた丼はまさに「てんこ盛り」。重さは器を除いても1・8キロあるという。運動部の学生やガス会社の作業員がお得意さんといい、「最初に大盛りにしてみたらすごく喜ばれたので、どんどん量を多くしてしまった」と悦夫さんが苦笑する。さっそくいただくことにした。
 しかし、この量。食べきる自信はなくなってくるし、だいいち、700円で商売は成り立つのか、という疑問も浮かぶ。尋ねてみると悦夫さんは「本当のことを言えば苦しい。でも大盛りにすればお客さんが喜んでくれる。それが一番うれしいことやから」ときっぱり言う。
 何とか平らげたが、結局1時間半もかかってしまった。食べ過ぎて話すこともままならない記者に、悦夫さんは「よし、これを食べられたんやからもう、怖いもんなしや。でもみそ汁もちゃんと飲まなあかんで」。『新人に厳しく』は何も社内だけではないことを思い知った。
 別の日に訪れたのは、尼崎市役所や尼崎税務署に近い「さつま食堂」(尼崎市七松町3の20の14、平日のみ)。夜は総菜をつまみに酒も飲めるが、昼の献立はおかみさんの大比良ノブさん(81)が壁に張り出したメニュー一品だけだ。この日は一番人気のカレーライス(320円)にありつくことができた。大盛りにしても350円。付け合わせにカツと生卵、キャベツがつき、大盛りとは逆の意味で、信じられない価格設定だ。
 ほおばると、激辛などとは対極の、懐かしの味。大比良さんは健康を考え、枝豆やトマトなど季節の野菜を使うほか、「血がサラサラになる」とルーにゴマを混ぜ込むという。「おばちゃんの店に食べに来るお客さんは病気知らずなんだよ」。そう言われるとなんだか、自分がどんどん健康になっているような気がしてくる。一人暮らしは「健康」という言葉に弱いのだ。
 完食後、「お兄ちゃんも若いからって油断しないで、体に気をつけなきゃだめだよ」と大比良さんが、どくだみ茶をいれてくれた。のんびりすすりながら話をしていると、思わず故郷の母親の姿が目に浮かぶ。そういえば母の日にも何も贈らなかったっけ。「たまには電話くらいしよう」とつぶやいて店を後にした。
 実は他にも、口コミで評判の店を何軒か訪ねたが、「(混雑などで)常連客に不便をかけたくない」などの要望で紹介できなかった店がある。そうした店も、「お客さんに喜んでもらうことが大切」という姿勢は共通するようにも思った。どうせ外食するなら楽しい店、だ。今後も新しい店を探して、歩き回りたい
毎日新聞

いーカンジの店ですねぇ

2008年6月2日月曜日

看板が目に飛び込んできた

北海道東部、十勝地方の中心都市・帯広市は、豚丼誕生の地。おおげさに言うと、“豚丼の聖地”として、全国に知られる。・ 【写真で見る】 帯広駅と「豚丼」  JR根室線・帯広駅の改札口を出て、近代的な駅ビルの中を歩くとすぐさま、豚丼店「豚丼のぶたはげ」の看板が目に飛び込んできた。 「豚丼は帯広の食文化そのもの。豚と帯広の縁は古く、開拓時代までさかのぼる…」と、店の窓ガラスに豚丼の由来が書かれていた。その由緒書などによると、明治16(1883)年、静岡県出身の依田勉三(よだべんぞう)が率いる開拓団、晩成(ばんせい)社の27人が帯広に入植して養豚を開始。豚が開拓民の貴重な食料となるなか、昭和8年、1人の料理人の手で、豚丼が誕生したという。今では、その豚丼発祥の店とされる駅前の専門店「ぱんちょう」をはじめ、市内のそば屋やラーメン店でも豚丼は定番メニューとなっている。 北海道開拓の歴史に深くかかわる豚丼。帯広市や帯広駅の誕生も、その開拓の歴史と深く結びついている。「帯広駅が開業したのは明治38年。まず、港のある釧路からの鉄道が開通した。帯広は豆類など開拓団が生産した穀物を列車に積んで釧路港へ運ぶ集積地として発展した」。帯広駅の米山和幸駅長(54)はそう説明する。 北海道開発を進める明治政府にとって、旭川から帯広を経由して、釧路に達する鉄道の建設は急務だった。明治30年に旭川から、翌31年に釧路から、帯広を目指して、それぞれ建設工事が始まった。7年後に釧路-帯広間が開通し、帯広駅が開業したが、旭川-帯広間は、帯広市西側の日高山脈を越えるトンネル工事が難航。同区間の開通は、釧路側に2年遅れの明治40年9月だった。74年後の昭和56年10月には石勝線が開通し、札幌-帯広間がようやく日帰り圏になった。 現在、駅周辺は整備されて近代的な建物が並び、開拓当時の面影はない。だが、駅南口から約2キロ離れた帯広競馬場では、農耕馬を使った開拓当時の暮らしを伝える「ばんえい競馬」が開かれている。体重1トンを超えるばん馬が鉄ソリをひいて、2つの障害がある 200メートルのコースを競う。帯広、旭川、北見、岩見沢4市を回って開催していたが、採算上の理由で昨年から帯広だけの開催となった。 「開拓時代、お祭りの際に農耕馬の力を競ったのが、ばんえい競馬の始まり。厳しい生活のなかから生まれた北海道の独自の文化です」と帯広市ばんえい振興室の鈴木新一室長(55)。単独開催にあたり、ナイターレースなど女性や家族連れが楽しめる企画を取り入れた。昨年度は 150日間開催し、約23万7000人のファンが訪れた。帯広駅の利用者増にもつながりそうだ。(加納洋人) ■帯広駅 1日の平均乗車人員=2240人(平成18年度)▼開業=明治38(1905)年10月21日。現在の近代的な高架式の駅ビルは平成8年11月24日にオープン▼定期運行本数(上下計)=特急列車24本、普通列車46本、貨物列車6本▼アクセス=札幌駅から特急「スーパーおおぞら」「スーパーとかち」「とかち」で最速2時間10分。 産経新聞

すげぇ、ひょろ長い電車ですねぇ。