2008年8月23日土曜日

看板投手陣

韓国に敗れた瞬間、ベンチでぼうぜんとする選手たち。星野監督は24選手、コーチ陣と必死に追いかけてきた金メダルへの夢が閉ざされたグラウンドに背を向け、静かにベンチ裏に姿を消した。 試合後、「いい形で先制したが」の問いに「うーん、あそこは」と言いかけたものの、「いや、振り返ってもしょうがない、ゲームは」とコメントを拒んだ。屈辱的な負け試合の内容など、言及したくなかったはずだ。 決勝進出をかけ、日本中の期待を背負った大一番。野球に何十年とかかわってきた星野監督でも、五輪の試合は想像をはるかに超える重圧の掛かる舞台だった。それでも「六十歳を過ぎてこんな経験をさせてもらって、こんなに幸せなことはない」と意気に感じ、でき得る限りの準備を積んで宿敵に相対したが…。 中盤以降は投手陣をフル稼働させた。だが、7回に藤川が同点とされ、8回は岩瀬が李承◆(火ヘンに華)に2ランを浴びた。日本球界を代表する両ストッパーでも、韓国打線を抑え切れなかった。 終盤まで日本のプラン通りに運んだ末の敗戦。星野監督は「すべてはおれの責任として片付けないといけない」と責任を背負い込んだが、韓国の勝負強さ、粘り強さが逆に際立った。(北京時事)

ホント、残念でした。

2008年8月6日水曜日

看板には「納涼晩会」

夏の夕は、野外音楽が一つの楽しみ。着飾って優雅に鑑賞するオペラも、街角で出くわすにぎやかなダンスミュージックも、しばし暑さを忘れさせてくれます。
ロシア 歴史の舞台でロック
 夕闇に浮かぶクレムリンや聖ワシリー寺院、赤の広場-。そうしたロシアを代表する世界遺産を背景にした野外コンサートが、このところ、モスクワの巨大音楽イベントとして定着している。
 場所は赤の広場に隣接し同寺院前にやや傾斜して広がる「ワシリー坂」。二〇〇三年、英ロック歌手のポール・マッカートニーさんが行った演奏会が「赤の広場でコンサート」と報じられ、一気に世界に知られた。
 以来、訪ロする著名ロックスターらが「この元気ある特設ステージで演奏したがる」(ロシア紙イズベスチヤ)という。これまでにエリック・クラプトンさん、ロジャー・ウォーターズさんら超大物も登場した。
 もともとこの場所、一九九九年にモスクワ市の許可でイベント開催が可能になったが、隣のクレムリンに古い墓地があることなどから、ロシア正教側が抗議。翌二〇〇〇年に禁止された経緯がある。マッカートニーさんのコンサートはあくまで「特例」だったが、あまりの反響に、その後もなし崩し的に続けられている。
 首都中心部に二万-三万人規模を集められる場所だけに、コンサートの形を取った政治イベントに使われることも。今年三月の大統領選の夜にはメドベージェフ大統領の事実上の当選祝賀コンサートが開かれ、メドベージェフ氏と当時のプーチン大統領(現首相)がそろって登壇。世界に報じられたその映像は政権の「双頭体制」を印象づけた。 
  (モスクワ・中島健二)
サルサの音楽に合わせて踊る人たち=ニューヨーク市内で
米国 街にあふれる 世界のメロディー
 人種のるつぼ、ニューヨークの夏は、世界中の音楽が野外にあふれる。マンハッタンでは各地の公園でクラシックやジャズ、ラテンなどの無料コンサートが開かれ、市民や観光客を楽しませている。
 ウェブサイト上で、無料イベントが盛りだくさんの「FreeNYC」やセントラルパークの公式サイトなどを検索すれば、好きなジャンルの音楽イベントが見つかる。
 今年最も話題を呼んだのは人気ロックバンド、ボン・ジョヴィの無料コンサート。大リーグオールスター戦の宣伝イベントとして七月十二日、セントラルパークで開かれ、六万人が訪れた。
 しかし、主催のニューヨーク市が事前に無料配布したチケットが、ネットオークションでペアで最高千五百ドル(約十六万円)で売られていたことがわかり、市の広報担当者は「無料コンサートでもうけようとするとは非常に残念だ」とのコメントを発表した。
 この時期、公園だけでなく、平日のオフィス街でも、夕暮れになるとどこからともなく心地よい旋律が聞こえてくる。記者も先日、仕事帰りにサルサのリズムに誘われ、ふらっと近くの広場へ。老若男女が、実に楽しそうに情熱的なダンスを繰り広げていた。「一緒に踊りませんか?」。人種に関係なくすんなり誘い合う雰囲気が、この街の魅力だ。
 (ニューヨーク・加藤美喜、写真も)
英国 優雅にオペラ&ディナー
 英国の夏といえば野外フェスティバル。ロック、ジャズ、オペラとさまざまなジャンルのイベントが各地で開かれる。音楽と同時にピクニックを楽しめるのが魅力で、限られた日照時間を存分に味わおうと大勢の観客が詰めかける。「ガーシントン・オペラ」もその一つだ。
 大学で有名なオックスフォードから車で十五分。貴族の館・マナーハウスの敷地に足を踏み入れると、ブラックタイ着用の紳士や華やかなドレス姿の淑女らが芝生の上でシャンパンを楽しんでいた。
 館は四百年近い歴史を持ち、第一次大戦中には数学者、哲学者のバートランド・ラッセルや小説家のD・H・ローレンスらがたびたび集まったという由緒もある。約二十年前、熱心なオペラファンだった所有者が小規模な音楽祭を開いたところ評判となり、今ではチケットは発売と同時にほぼ完売する。
 石造りの建物を生かした重厚な舞台。約五百ある客席からは季節の花が咲き乱れる庭園を望むことができ、美しい歌声とあいまってこの上なく優雅な気分にさせてくれる。幕あいは一時間以上設けられ、夕食をゆっくり楽しめる。たびたび訪れるというジリアン・ラングフォードさん(53)は「美しい花と食事、そしてオペラ。これ以上何を望めるかしら」。
 広報担当のクレア・アダムスさんは「くつろいだ雰囲気の中で特別な体験ができる」と人気の秘密を分析。多くの人が「古き良き英国」をここに求めているのかもしれない。(ロンドン・池田千晶)
マンション団地の納涼祭で歌と踊りを披露する女性たち=上海市内で
中国 ご近所さんで納涼祭
 真夏の上海の気温は連日、三七度以上。湿度が60%を超す日も多く、「体感温度は四〇度」という人もいる。この暑さ、中国語で「悶熱(メンラー)」と言う。「悶(もだ)える」ほどとは、言い得て妙だ。
 上海の中心を流れる黄浦江の近くなら涼しいかと観光名所の外灘(バンド)に出かけたが、大間違いだった。大陸の川は広く、日光の照り返しで、より暑い。春先に見かけたストリートミュージシャンはすっかり消えうせていた。
 上海っ子の友人は「涼を求めるのなら日が暮れてからですよ」という。夜を待って、黄浦江の支流、蘇州河ほとりにあるマンション団地「上海花城」に出かけた。
 マンションゲートをくぐってすぐの広場には人工の小川が流れ、池のそばにステージが造られて看板には漢字で大きく「納涼晩会」と書かれている。
 五十-六十歳の女性陣がコーラスを披露すれば、妙齢の女性陣が華麗な踊りを舞う。子供たちはマジックショーを行い、“長老”の男性も歌声を響かせた。
 日本でいえば、町内会の集まり。いわば、盆踊りのようなものか。マンション団地ごとに、納涼祭を開き、住民が親睦(しんぼく)を深めるのが近年の流行という。
 若い男女は暑さを忘れ、肩を抱き合いしばし語らう。小学生らは小川でずぶぬれになり、思い出づくりに夢中だった。(上海・小坂井文彦、写真も)

東京新聞

夏大好き!